歯医者と新型コロナウィルス

2020年1月、これまでに知られていなかった未知の感染症が報告されました。少しずつその姿が明らかになり『新型コロナウイルス』による感染症と判明し、瞬く間に広まったこのウイルスによって、世界はパニックに陥りました。

これまでの歴史をみても、強い影響力を持つ『何か』によって幾度となく私たちは膝を折る経験をしてきました。例えば、世界的に流行したくさんの人が亡くなったパンデミックの代表的な歴史ともいえるペストやスペイン風邪、近年ではエボラ出血熱や重症急性呼吸器症候群(SARS)や今も猛威を振るうインフルエンザなどがよく知られています。
私たちにとってこれらの病気のほとんどは、教科書の中で学ぶ史実でした。まさか自分が生きている時代にこのようなことが起こるとはにわかに信じ難く、当初はほとんどの人が現実として受け入れることができていなかったというのが本音でしょう。

歯科医療従事者にとっても新型コロナの拡大は緊急事態であり、日常はすっかり様変わりしました。

新型コロナウイルスに関連した歯科関連発表

新型コロナウイルスの影響によって、生活に多くの影響が出ました。私たちが働く歯科の現場は、感染者の直接的な治療や措置には関わることはほとんどないものの、その特徴的な診療ゆえに感染リスクの高い現場とされています。
「不要不急の治療は避けること」という指針が出されましたが、歯科治療には不可欠なものも多く不要不急の線引きが難しいのが本音です。そこで現場では、感染対策を徹底することで対応しています。

これまで新型コロナ感染対策として発表されたさまざまな指針を紹介しましょう。

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厚労省医政局歯科保健課

「新型コロナウイルス感 染症対策の基本的対処方針」に基づき
・標準予防策の徹底について
・歯科診療実施上の留意点について
を通達し周知を促しています。
https://www.mhlw.go.jp/content/000620324.pdf

その中で、治療実施前に患者の全身状態の確認や海外渡航歴などを確認することや、緊急性がないと考えられる治療については延期することなども考慮することと明記されています。

日本歯科医学会連合

歯科診療における新型コロナウイルス感染症に対する留意点について公開しています。
その中で、現場での対応や感染予防に対する環境整備及び配慮、診療における留意点などが記載されています。

日本口腔外科学会

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への口腔外科の対応に関する注意喚起 Ver.1.2 」を発表し、緊急性のない外来の新患の受け入れやリコールや、エアロゾル発生の可能性がある口腔内手術の延期の検討などを呼び掛けています。
http://www.nsigr.or.jp/coronavirus_dentists.html

他にもさまざまな団体において感染予防及び拡大抑制に関する同様の指針や留意点が発表されています。

歯科医院で実践している感染対策

歯科医

厚生労働省や歯科医師会など母体となる団体でさまざまな指標が示されていますが、現場で働く私たちがこういった文書を目にすることはほとんどありません。
ほとんどは、院長からなんらかの指示があり、それに沿って対策を講じ診療を行うことになります。
そのため、効果的な対策の情報に基づいた最大限の方策をたてるべく、各歯科医院などでいろいろな取り組みを行っています。

そこで、実際に現場で行われている対策を紹介しましょう。

  • 常時窓を開けて換気を行っている
  • 待合室の雑誌やおもちゃなどをすべて撤去
  • 玄関やトイレ、受付などに手指消毒のためのアルコールを設置
  • 診療所内に空気清浄機の設置
  • 患者さんの熱の測定や問診時咳や倦怠感など全身状態の確認
  • 2週間以内に海外渡航歴のある人や県外の人との接触の有無
  • 治療時は口腔外バキュームを15cm程度まで接近させる
  • 患者ごとに診療器材の滅菌や消毒の徹底
  • 患者ごとに使用したユニットおよびその周辺の消毒・除染を徹底
  • グローブやエプロン、コップなどはディスポーザブルを使用
  • ドアノブの消毒、床(カーペット)への消毒剤散布
  • 支払いや保険証などをやり取りする際は都度アルコール消毒を行う
  • スタッフはマスク及びゴーグル着用
  • スタッフの体調管理と健康維持

もちろん、それ以外にもさまざまな措置を徹底しています。感染対策前から行っていたことに加え、現在はこれまで以上に細部にわたり時間を割いて慎重に対策を行っています。

実際の現場で何が変わったか

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日々の診療で徹底した感染対策を講じた診療の前と後ではいろいろ変化が起こっています。
その実例を挙げてみましょう。

  • 不要不急の診療(例えば歯石除去や定期検診など)を延期する患者さんが増えた
  • 患者ごとの感染対策のための作業に時間が必要なため予約を制限している
  • 待合室が密にならないよう予約の制限や調整をしている
  • 熱がある、体調不良などが見られる患者さんはお断りしている
  • 体調不良はなくても2週間以内の県外への往来や県外の人との接触がある人はお断りしている
  • 大学病院の口腔外科などが親知らずの抜歯などの紹介をストップしているため投薬や消毒による対応が増えた
  • 学校が休みのため子供の来院が増えた
  • 消毒用アルコール、グローブ、マスク他除菌洗剤や手指洗浄剤などが入荷しないため可能な限り最小限の使用に留めている
  • 感染対策について敏感な人が増加し指摘(クレーム含む)が増えた
  • 咳などの症状が見られるスタッフは自宅待機になった

なぜ歯科は危険と言われるのか

歯科医

日本各地で医療機関の院内感染が報告されています。目に見えないウイルスを防ぐのは至難の業であり、予防のプロである医療従事者でも確実に感染を防ぐことができません。
中でも歯科は、感染リスクの高い現場だといわれています。
ではなぜ歯科は危険と言われるのでしょうか。

その理由はまず、新型コロナの感染経路が接触感染、飛沫感染、空気感染であることがあげられます。
歯科医院の待合室では複数の患者さんが順番を待っています。医院内はエアコンによる温度管理を行い、ホコリや虫などが侵入しないよう窓は基本的に全開にしないため換気は不十分です。
近年はプライバシー重視による診療室の個室化が進んでいます。さらに、スタッフと患者さんは非常に近距離で会話や治療を行います。
つまり、明確な『三密』状態にあるわけです。

その上、口の中を治療する際には細かな粒子と共に細菌やウイルスが飛散し、エアロゾルとなり、広範囲に付着したり浮遊するリスクがあるのは否めません。
また、多様な器具や器材を唾液や血液と直接触れる口の中で使用します。器材によっては滅菌が不可能なものもあり消毒を行って使うことになります。
これだけを見ると歯医者で感染しそう…と不安に思う方もいるかもしれませんが、そういった状況の中で感染リスクを減らすためにスタッフは誠心誠意対策を行っているのです。

    これまでの報告では、歯科医院でのクラスター発生は滋賀県における1件のみです。

ただし、こちらは歯科治療を原因とした感染の拡大ではないことがわかっています。
つまり、歯科医院での新型コロナ感染は抑制されているといえるのです。歯科におけるリスクを理解し、歯科業界全体で感染予防の徹底を実践している表れといえます。

新型コロナ対策に有効な歯科治療

実は、口腔内の環境を改善することが感染予防に役立つことがわかっています。
歯垢の中に存在する細菌は、粘膜のたんぱく質を破壊します。そして、破壊された粘膜からウイルスなどが侵入します。これは、新型コロナに限らずインフルエンザなどの幅広い病原性を持つウイルスに共通しています。
でも、歯医者さんで適切な治療や定期的なケアを受けると口腔内の細菌を減らすことができるので、感染や発症のリスクも減らすことができるのです。

また、近年増加している口呼吸がウイルスの侵入リスクを高めていることもわかっています。でも、自分が口呼吸をしていることに気付いていない人も比較的多く、歯医者さんで指摘されて初めてわかる人がとても多いのです。
これらのことから、歯科を受診することのメリットは大きいことを是非理解していただきたいと思っています。

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まとめ

どれだけ技術が向上しても、どれだけ健康に対する意識が高まったとしても、ウイルスや細菌とヒトの闘いに終わりはなく、追いかけっこのように抜きつ抜かれつしながら共存していくことになります。
いま新型コロナの感染がなんとか抑制されたとしても、今後また未知の病原体による新たな感染が起こることも十分に想定できます。

歯科の治療は命にかかわることは少ないと考える人は多いでしょう。
しかし、口は体の入口であり唯一外界と体内が通じている場所です。多くの病気は、口がまさに入口となって発症します。
近年の研究によって、ようやく口の中を清潔に健全に保つことが健康寿命を延ばす重要なポイントであることが認識されるようになりました。

[written by Kagerou Works]